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カスタムCAR草創期を築いたジャンル「バニング」共にハズせない存在が、ピックアップトラックをカスタムする「トラッキン」

BACK TO THE CUSTOM CAR 40TH ANNIVERSARY

1978→1991トラッキン【創刊当時から続くトラッキンの歴史】

カスタムCAR草創期を築いたジャンルとしてバニングと共にハズせない存在が、ピックアップトラックをカスタムする「トラッキン」。今回は二部構成の前編として、’78年の創刊当初から第一次トラッキンブームの’90年代初頭までを振り返ろう。

技術進歩とともに歩んだトラッキン 本誌創刊からのスタイル変遷を再確認!

ときはさかのぼること40年前の1970年代後半。当時の日本の若者たちの間では“MADE IN USAブーム”を基軸としたアメカジカルチャーが大人気。そんななか、カリフォルニアのヤングの間でトレンディな乗り物として日本に紹介されたのがカリフォルニアバニングだ。

一方、ピックアップトラックをベースにファッショナブル&スポーティなカスタムを施したのが「トラッキン」であった。今ではジャンルとしておなじみのトラッキンとは、“Truck+ing”を語源とする70’s生まれのスラングが、呼び名の由来。

バニングがアメ車オンリーだったのに対し、本場のトラッキンでは日産のダットサントラックやトヨタのハイラックスといった対米輸出された日本製ピックアップもこぞってカスタムされていた。

日本では何の変哲もないお仕事トラックが、USでは見違えるように見えたのも事実だ。本場USAと同じベース車種が日本でも買えて、カスタムの手数を盛り込んだ分だけアメリカンフィーリングを満喫出来るというのが、そのダイゴ味。

そのため、多くの若いカーキチたちが魅了され、カスタムCAR創刊の’78年頃から日本のトラッキンシーンが本格化していったのであった。

USバニングと並行して、創刊当時からの大人気スタイル!ステップサイドから始まり、技術の進化とともに歩む

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5(ファイナルギア)

ステップサイドへのベッド改造を皮切りに、”本場カリフォルニアがお手本”のセオリーのもとカスタムジャンルとしての文化を確立していた日本のトラッキン。アメ車のフルサイズトラックは’90年代に外車の並行輸入が盛んになる前までは一握りの存在で、昭和期は八百屋や左官屋のお仕事グルマの払下げといったミニトラベースが完全な主流を務めた。

ヤングたちが好んだのは安く手に入ったトラック

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今の日本ではピックアップトラックは絶滅種同然だが、今から30〜40年前は荷物を積んだダットラやハイラックスを町中で当たり前に見かけたもの。中古も手頃な値段で入手できたため、トラッキンはカスタム費用がリーズナブルな入門編ジャンルとしての人気も高かったのだ。

トラッキン×USバニングの融合が見せるジャンルMIX

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当時の新車だったフォード・エコノラインのボディ後部をトラック風にモディファイし、現代でいうトコのSUT感覚のUSバニングを往年のデモカーで製作したのが大阪の「ワールド」。アメ車をベースにすること自体が一般ユーザーには雲の上の存在だった’80年代の名車だ。

1970’s後半〜1990’s前半 カスタムCARを彩ったトラッキンたち

かの“童夢”と“ハヤシレーシング”が手がけたステップサイドの620トラッキン!!

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カスタム(キングキャブ)デラックスL専用純正色のオリーブグリーンに、グラフィックス風のカスタムペイントを施した国内ダットサン620のトラッキン。ステップサイドは当時の日本のブランドDOME製で、昭和の幻の純国産スーパーカーで知られる童夢・零を手がけた「童夢」と「ハヤシレーシング」によるトリビア級のデモカーでもある。6穴版のハヤシストリートを足元にチョイスしているのも、まさにその証拠といえよう。

モンスターと恐れられたストリート・V8トラッキン

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日本のアメリカンカスタム黎明期を牽引した今は亡き偉人、ブルーマックス中村氏が、’84年に手がけた620カスタム。ブロワーを備えたシェビーV8のスワップ心臓や強烈なチョップトップも、アーリー80’sのカリフォルニアでのHOT RODトラッキンに肉薄したカスタムメニューとフィニッシュを見事に兼ね備えていた。

ベイウインドー装着でエクステンドキャビン化!

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一見は純正のオペラウインドー部にベイウインドーを入れたキングキャブのようで、実はステップサイドベッドとツジツマを合わせるべくロングボデーのシングルキャビンを延長加工した国内720ダットラ。この類いのトラッキンは、和製バニングの予備軍ユーザーの登竜門としてビルドされるケースが多かった。

ローライダーの前身のダンプベッドが大流行!

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油圧シリンダーによる見せ技として、トラッキンを介してハイドロより先に流行したのがダンプベッド。日本で登場し始めた’86〜’87年頃は1WAYのみだったが、第一次トラッキンブームとともにエスカレートしていった。

西海岸的ペイントが走るシェルこそが、男のステータス

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トラッキンがUSバニングとシンクロした「カスタムRV」に位置付けられていた’80年代初頭。その当時はシェルといえばハイルーフの通称“ヤドカリシェル”ことキャンパーシェルがアメリカでも主流で、写真のRN30ハイラックスのようなベッドのリビングカスタムやキャビンの背抜き加工でのワゴン化も見られた。

ムーンアイズの登場で、国産車にUSの風を吹きあらす!

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40〜50系のクラウン&マスターラインのピックアップを、和製エルカミーノに見立てたCOOLなセダンピックとしてプロデュースした始祖こそが、’86年創業の「ムーンアイズ」。ポップなボディカラーとマイルドなローダウン、そしてムーンディスクの足元で、アメリカナイズドされたカッコよさが成り立つことを実証した。

奇想天外なダンスベッドの風雲児

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パンタグラフ式ラックでベッドが高々とリフトし、さらにベッドがバックリご開帳する奇想天外なダンスベッドマシンの620。アーリー90’sの本場LAのコンペマシンを日本で意識したこの1台の製作には、今や名古屋KUSTOMの重鎮で知られる「パラダイスロード」が関わっていると聞けば納得できる。

FRPワークでカスタムの固定概念を崩壊!

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’80年代におけるジャパニーズトラッキンの変わり種として知る人ぞ知る存在が、720ダットサントラックをヨーロピアン調のクラシックカー風に大変身させるコンプリートキット「ダットシン」。国内FRPクラフトメーカーの作で、フロントノーズだけでなくベッド部も完全ファイバークラフトによる戦前クーペ風のステップサイドベッドに仕上がっていた。

 



トラッキンのスタイルや手法をプレイバック!

ワタシのピックアップは譲らないわ!

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ボディワーク

【ダンプベッド】ハイドロでベッドを振り回すクレイジーダンスが誕生

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’80年代後半からのダンプベッド流行は、’90年前後になると2WAY、3WAY、サイドダンプなど多彩なアクションがブレイク。そしてローライダーブームに火が付くとともに、スピンベッドや7WAYなどのラディカルなパフォーマンスがローライダーイベントでのコンペを通じて加速していった。だが次第にハイドロのホッピング&カーダンスの人気に押され衰退していった。

【ステップサイド】お約束のステップサイドはトラッキンの憧れ

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国産ミニトラック用のステップサイドのキットはFRP製のリアフェンダーのみの部品構成が大半。“ハコ”と呼ばれていた荷台部分は鉄板からワンオフで製作するのが主流であった。アメリカからの輸入キットでは「カリフォルニア・ステップサイド」、日本国内モノでは「ボルト&ナット」、「デイトナ商会」製が’70〜’80年代ののメジャーブランドに匹敵した。

【FRPシェル&ボディ】FRPが無限に広げたカスタムの可能性

ダットランザム

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FRPシェル

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ダットシン

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スーパーステップサイド

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60’s後半のアメリカで生まれたFRPシェルは、ステーションワゴン的な利便性やキャンパーとしての実用目的を皮切りに、カスタムパーツとしても幅広く波及。’80年代に入ると日本にもカスタムショップを通じてUSA製シェルが輸入されるようになった。さらに’80年代はボディ改造に対する日本の法規制が緩和されたことで、ユニークかつ個性的な国内製のボディキットも登場した。

ペイントワーク

時代とともに流行も変化したペイント

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ボンネットにエアブラシペイントをあしらうスタイルは’70年代に多く見られたが、バニング属性の和製トラッキンによって’90年代まで続いた。

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90年前後のLAで流行したネオンカラー(蛍光色)でキメた80ハイラックス。ホットピンク色のボンネットは、当時のUSアクセサリー“フードスキンブラ”によるものだ。

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LAミニトラッキンのグラフィックスペイントをオマージュしたKZ STUDIO作のロケハイ。ちなみに現車は今も現存!!

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ワンポイントのグラフィックスをあしらったデュースファクトリー作のブリハイ改クルーキャブ仕様。

 

芸文社 / カスタムカーvol.472

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